話を聞いてください

雲仙・普賢岳大火砕流が発生して、今年の4月6月で満25年を迎えるます。
その被害に遭遇して、家族を残して生活を支えるために、上京してタクシーの運転手を始めた車に乗り合わせました。
当時の私は美術関係の仕事に携わっていました。

ちょうど作品を頂き、間も無くポツポツと雨が降り出しました。
大丈夫かなと思いつつも私にとっては大切な商品を抱えていましたので、タクシーを止め乗り込みました。

その運転手さんから思いがけない言葉が返ってきました。
「お客さん、私東京に出てきたばかりで、東京の道をまだ覚えていないので教えて下さい」とのことです。
そのうち篠突くような驟雨に近い雨に、運転手さんは、メーターを下ろして「ちょっと危ないのでここで停車してもいいでしょうか」
確かにワイパーもきかないほどの雨の強さに、私も仕方なく受け入れることとしました。
一向に雨足は治らず、いつまでこの状態が続くのだろうと不安を覚えていると、また運転手さんが「お客さん、ちょっと私の話を聞いてもらえますか」
実は自分は、普賢岳の大噴火で、田地田畠が使えなくなり、家族を抱えて経済的にも困り、単身で上京してタクシーの運転手に就職したのです。
自然の猛威によって将来の生活や家族のことなど、数知れない不安を涙を堪えて話されました。

私はただただ彼の訛りのあるぽつぽつと話す内容に耳を傾けるだけです。
時間的に小一時間、話をしている間に雨も小降りになり、会社のある銀座までナビしながら、無事に着きました。
空はすっかり雲が過ぎ去っていました 。
「今まで上京して、初めて縁もゆかりもないお客さんに話しを聞いてもらって不思議に気持ちが落ち着きました。不愉快な話しです、どうぞ忘れてください。本当にありがとうございました」
別れ際の彼からは、あの一時の思いつめた表情が薄れているように感じました。