体験が教師

すでに私が「医療ボランティア」に関わるに当たり、自己紹介の決まりセリフのようになってしまったフレーズから今回も始めます。

7か月の未熟児で生まれました私は、小学校3年生までは通学より、お医者さんに通院するほうが多いまさに虚弱体質児でした。

学年末が近づいたある日、担任の教師から、校長室に呼ばれた母親はこのままでは私が進級できないとのこと、またこれまでに留年の前例がないので、後1日でよいから何とかして学校によこしてほしいとの内容でした。

今、思い起こすと小学校まで母親に背負われて出かけたのでした。教室の廊下で心配そうに私を見届けている母親の姿がありました。

この体質は現在まで尾を引いている部分があります。

一見順調そうに生活しているようですが、平均して5年に1度は

何らかの病気やけがで入院生活や手術を強いられています。

「心を串刺しにされた状態」といわれる『患者』になります。

病弱という劣等感を持ちながらも、これまでにお医者さんや周囲の方に支えていただきながら、医療ボランティアをしています。

その時に共通して私の挫折感や病気の苦しさを救ってくれたのが

多くの方からの『笑顔』でした。

その笑顔が私の医療コミュニケーションのルーツです。