話を聴く効果

病院の玄関から、私を見つけると、駆け寄りながら私に診察の内容を話しかけてから、診察カードを再来機に通すのが、その方の手順である。

 

その方は誕生日を迎えると90歳になるというが、年齢を聞かなければ見た目では未だ70代後半にしか見えない程、背筋もピンと伸び、オシャレで、肌も艶やかでとても信じられない方。

 

ところが今日は俯き加減で、足元も危なげに見えた私は、「おはようございます。今日は?」とさり気なく声を掛ける。

 

「実は、最近検査が続いて、検査結果を聞きに来たのだけど、また、検査と言われるのではと、病院に来るのが気が重くて、今日ももう歳だからどうなってもいいと言った気持ちになって立ち直れないの」といつもの表情はなく、目にはうっすらと涙さえ浮かべている。

 

「私ね、独身でこれまでは色々な困難も乗り越えられたけど、最近どうも昔のように気持ちが前向きになれなくて、悪い方にしか考えられなくて、だから検査を受けるというだけでも辛いのに、その検査結果を聞くとなれば、もう気が動転するほど怖く、不安になるの」と声を詰まらせる。

 

その方はの検査内容を伺う立場にはなく、唯ひたすらその方の話を聴くしかできないが、私に話すことで気持ちが少しでも軽くなれば思っていた。

 

話しているうちに、「さア、こんなことでは駄目ね。もっと強くならなければ」と、いつもの凛とした表情に戻ってきた。

 

「あなたには朝から泣き言を聞いて貰って申し訳なかったけれども、お陰様でスッキリしてきたわ」と、急ぎ足で再来機に向かっていく後ろ姿は、

先程の苦しさから既に解放されているように私は思えた。

 

 

検査結果からは、異常は見つからず、安心して欲しいとの想いで見送る。