冷たい手

93 歳の年齢に拘らず入院中のMさんは、聴覚も視覚も記憶力も衰えていない毅然とした雰囲気を持った女性です。
ところが病気による痛みや、その苦しさから逃れる為に幾度となく大声を発し、個室から時には病棟の廊下にまで轟き渡る日々が続いています。
担当の医療スタッフからの依頼で、お話し相手をすることになりました。

初めてお目にかかった時も、顔を真っ赤にして、肩で息をしながら唸り続けて会話が困難な状態です。
この季節、私の手は氷のように冷たく、思わず熱で赤みを帯びたMさんの額に手を当てました。

「 冷たくてとても気持ちがいい、熱があるからすごく熱いでしょ」

「 そうね、とても熱いですね」
高熱と痛みに苛まれ、私の前でも耐えきれず、何度も顔をしかめ、絞るように声をだします。

例え僅かな時間でも、手を冷たくしてお訪ねします。

そしてそっと額に冷たい手を乗せると、眉間のしわがとれます。

約一週間近く、ただ冷たい手でMさんの額に手を置くだけの日々でした。

「ありがとう、おかげで熱が下がったみたい」

「 良かった、私の冷たい手が役に立って」
今年も私の手は相変わらず氷のように冷たい日々が続いています。
郊外の施設に入居なさって、その後どうしていらっしゃるかなと、相変わらず冷え切った手を見つめ、Mさんへの想いを馳せています。