故郷の妖怪

今日は、いつもの通り、資源回収の日である。

 

最近ゆっくりというか、じっくり、新聞を読む時間がなくて、一日遅れの新聞を大体、ラジオ深夜便の終わりに「今日の誕生日の花」が紹介されるのと、同時に、早速その誕生日の花が知りたくて、寝ぼけ眼の走り書きを

便りに、検索するのがまた一つの資源回収日のルーティンになっている。

 

昨日の日本経済新聞のプロムナードに、美術史家の秋田麻早子氏が、我がふるさとの浅口市の円珠院に伝わるもので、人魚のミイラで、思いのほか小さく、少しムンクっぽく、そして岡山にはまだあと2体の人魚のミイラがあるそうだ。

 

人魚のミイラが倉敷市立自然史博物館で、展示されているという。

この展示には、スネコスリやサガリなど、岡山県に語り継がれる妖怪たちが紹介されていたが、倉敷市の妖怪はいなかった。

 

私には「ボウチ」という存在というか、何故、ボウチというのかすら理解できないで、読み続けた。

 

後半に、柳田國男が、「妖怪談義」で岡山県のボウチについて言及していることが分かったと記載している。

 

見知らむ人を意味し、法師からの分化とも考えられるようだと続いて記されている。

 

さらに、日暮れ以降に小さい子供に起こる可能性のある危険のすべてをひっくるめ、ボウチという名で体現されていたのだろうと結んでいる。

 

そういわれると、私の記憶にも、「早く帰らないと、さらわれるよ」と、

遊びに夢中になっていると、誰彼となく、促されて家路に急いだ。

 

しかし、最後まで、地元で過ごしていた時代に「ボウチ」という言葉は思いだせなかった。