再び、故郷へ

6月の故郷の講演会後、市の方から民生委員にも「笑顔の力」ついて話をとの思い掛けない依頼を受けていた。


今、午後の新幹線の中で、6月で故郷に帰ることは無いと、それなりに心の中で別れを告げたつもりだった。


まさかその5ヶ月後に、再び帰郷するとは思いもしなかった。

民生委員について調べてみると、何と発祥の地だとわかり、昨年で100周年もの歴史のあるボランティア活動と知った。


昨年、アキレス腱周囲炎は「点字ブロック」によるもので、岡山県民の発明である。


お話の機会には、以前も書いた記憶があるが、下調べに準備を要することが、今回を以っても明白である。


担当の方から素敵なタイトルに、思わず力が入る。

『「笑顔の力」を「地域の力」に』 サブタイトルは「心に寄り添うコミュニケーション」について、お話をしました。

コミュニケーションについては、体験が一番と話を進めていると、委員の皆様の頷く表情に変わってきます。


やはり、民生委員児童委員の皆様も同様の体験をして、何かヒントをとの

期待が私にも伝わって来ます。


この研修会の前に、調べてみると、ちょうど私が小学校を卒業する年に、

天文台が出来るということでした。正式に決定されたのです。


話が前後するが、研修会は翌日の8日の午後の予定で、午前中に天文台のある地を案内してくれるとの申し出がありました。


「晴れの国 おかやま」に7日の夜半から雨が降り始めたのですが、私は晴れ女だから大丈夫、絶対晴れると啖呵を切った。

翌朝、気になり外を見ると朝日が差し込んでいます。


開口一番「淺野さん、矢張り、晴れ女ですね」


天文台のある山から見上げた空の美しさに、私は圧倒されていた。

こんな綺麗な青空が 、我が故郷にあったとは、促されるまで目を離すことが出来ない程の自然からの素晴らしいプレゼントでした。


澄み渡った抜ける様な青空を心のカメラにも永久保存しようと思った。